ま え が き
近年の高校教育において,科目の選択性が広くなったことや大学入試が多様化されたことなどによって,自然科学の分野を専門とする学生であっても,数学や理科の履修内容に大きな違いが生じてきている。その結果,この分野を専門とする学生なら是非知っておきたい基礎的内容が学習されていないことも起こっている。そのため大学初年時において,これらを埋め合わせ,さらに基礎を固めておく必要がある。
自然科学系の専門諸分野からの数学に対する要請は,「道具としての数学」,「現象を記述する言葉としての数学」,「すぐに役に立つ数学」などのようである。また,自然科学の基礎として最も多く使われている数学の分野は,微分積分学,線形数学及び統計学であろう。そこで,この3分野の教科書を提供して初年時教育に資することとした。これらの分野を使う立場から,証明等はできるだけ省略し論理的厳密性には余りこだわらないで中心のテーマがわかりやすいようにした。
さて,本書では線形数学を扱っている。この分野は高校数学のベクトルや行列に対応する分野である。自然現象から社会現象に至るまで,種々の複雑な事象について原因を知りたいときあるいは現在の状況から未来を予測したいとき,いくつかの方程式を立ててそれを解くという作業が必要になる。そのうちで最も簡単な方法が,諸現象の
1 次的近似である連立 1
次方程式を解く方法である。これは単純ではあるが逆に応用範囲が広く使われる場が広い。自然科学では長い間有効な手段として用いられてきたが,近年では経済学,経営学や社会学にまで重要な手段となっている。
高等学校の数学の新課程では,全般的に従来に比べて扱われる内容が減少している。一方,近年の諸科学の多方面への進展に伴い,線形数学が道具として使用される機会は急激に増大してきている。このギャップを大学に入学してからなるべく早いうちに埋める必要がある。また,線形数学は抽象的であるため,新入生にとっては修得が困難である部分も多い。このため,本書では理論的部分の記述は必要最小限にしてまず道具として使用する部分を詳述している。
本書は講義用のテキストとして,また予習・復習用の参考書として利用できるように工夫してある。まず,各章の初めにその章を学ぶ動機づけや目的が述べてある。各章の内容は講義を通じて理解し,講義後復習をしてほしい。その際,自分の理解が正しいのかどうか点検する必要がある。だいたいにおいて何かすっきりしない気持ちのときは理解できていないと思った方がよい。``あっそうか"という感じのつかめるまで良く考えることが大切である。演習の時間があればそこで教師に指摘してもらうこともできるが,それはごく限られている。そこで,各節の終わりに設けた問題で確かめてみることを勧める。間違いが発見されたらすぐに該当する箇所を調べてみることである。単純な計算違いか,あるいは理解を誤ったかを確認することである。間違いの原因がどうしてもわからなかったら友人や教師に質問することを勧める。自分にとって難しいところは友人にとっても大抵そうであるし,また二人で議論することは双方に有益なことである。誤った理解を放置しておくと大事故につながるからくれぐれも注意するように。初心者が間違えやすい場所にはキケン
!のマークが付いているからそこでは,注意深く学ぶようにすること。
計算が主体であるが,それらを学んでいるうちに,理論的裏付けを知りたくなるかも知れない。そのときは付録や巻末にある参考文献にあたることを勧める。本書で一応の基礎はできるが,さらに進んだ文献や講義などで数学的な考え方を習得することを期待したい。
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