研究室選択に関する「説明と同意」


医師が患者に治療の意味と効果、副作用をよく説明し合意を得ることをインフォームドコンセント(説明と同意)といって最近では常識となっています。数学の世界に足を踏み入れようとする学生にも、この手のものが必要だと私は以前から感じていました。しかしあまり大上段に構えると何も書けません。とりあえず私のゼミ(4年生)の選択を考えている人や、大学院で私の研究室の選択を考えている人に対するアドバイスを書くことにします。
4年ゼミの選択に関して

0) 私の専門は広い意味での数論で、特に記号力学系エルゴード理論に関連する数論に興味を持っています。大雑把に言えば離散的なものへの好奇心が強いと思ってください。いろいろな数学とつながりがあり代数、幾何、解析、情報など数学のほぼ全分野に関係します。分野の好き嫌いが理由で私のゼミを選ぶのは間違いです。このゼミのために履修しておいたほうがよいと思われる学部科目は ここです。落としていた場合4年で是非履修してください。

1) 学部授業とゼミの内容は直接には関係がありません。特定の分野に縛られたくないこともあって、私はゼミに関係する講義をほとんど持ったことがないです。そもそも数学では、学部生に教員の専門分野を説明せよといわれてもかなり困難です。自分の指導教官の専門分野が何であるのか少し理解できるようになるのは大学院に入ってからと思って下さい。すこしだけ解説をここに書きます。

2) 私のゼミの特徴は本人の自由裁量が大きいという事です。4年ゼミでは必ずしも私の専門の勉強をするわけでなく自由に題材を選び基礎的一般的な学習をして構いません。私の役目はその自主的な学習を助けることです。受動的態度では何も得られませんし社会でもすぐ行き詰まります。最近、残念な事にこの自由を与えられても持て余す人が多いようです。こういう場合、よく相談の上で読む本を決めます。

3) 学力や今までの成績は不問ですが、4年ではしっかり勉強するという覚悟を決めて下さい。場合によっては学部1、2年や高校の復習まで要求され、自尊心を傷つけられることがあります。このゼミでは、この手厳しさはやむを得ない事と考えています。

4) このセミナーのイメージ。あなたは 90分程度、原則としてノートなど一切参照せず手ぶらで講義をすることになります。内容をよく把握し、要領よく説明しなくてはなりません。いつどこに質問がでても対応できるようしっかり準備する必要があります。どうしても分からない場合、不明点を明確にして進みます。最初は大変ですが、この訓練はどこに行っても将来役立つはずです。

5) 心構えです。自習するとき携帯電話の電源を切る勇気のない人は、私のゼミに来ないで下さい。数学の本を読んで分からない箇所は丸一日、丸一週間、考えても不思議でもなんでもありません。集中力がもっとも大事なのです。携帯電話の電源を入れたままでする「勉強」は、遊びの一種であって数学の勉強とは認められません。

6) 言うまでもないですが4年ゼミを選択の後、他大学大学院を受けたい学生は自由に受けることができます。

7) セミナーは少人数で行うもので教官の個性が大きく影響します。私のゼミの話ではなく一般論ですが、セミナー開始後に自分と教官との著しい意識の隔たりを感じてしまうこともありえます。これも勉強のひとつで、ある程度は我慢すべきです。苦労することが将来にはプラスになるかもしれません。しかしセミナーが苦痛でどうしようもなくなったときはどうするか?指導教官は絶対に変更不可能というようなものではありません。指導教官に話ができなければ、たとえば相談にのってくれそうな先生に話をしてみればどうでしょう。


大学院ゼミの選択に関して

0) 大学院生ならば、就職先として研究者を考える人もいるでしょう。言っておかなくてはならないのは、現状は大変厳しいということです。しかも毎年厳しくなっています。コネとか、政治的力量は私にはまったくないですから、私があなたの研究職を見つけだしてくれるなどと思わないで下さい。人生のキーワードは運鈍根(その人の運、鈍感さ、根気)です。自分の未来は自分で決めるしかありません。最近になって、鈍感力というベストセラーを読みましたが、数学を続けるにも大事なことのような気がしました。

1) 私のゼミの最大の特徴は本人の自由裁量が極めて大きいという事です。修士課程(二年間)では一年間ほど希望の本をよみあとの一年は自分で考えるといったスタイルです。修士2年以降は本人の申し出により必要に応じてゼミをします。アドバイスはしますがこの問題をやれという強制はありません。自分でそれぞれ自由に決められます。私から与えられるのは、自由に考える環境、そのための気概と独立心のみです。ですから自由時間をもてあまし失敗する事もありえます。自分で調べ方向を決めることは責任を伴いますが、これは社会で生きていくのに必要な訓練です。私はこのような状況でのアドバイザーとしてどんどん使われることを期待しています。

2) 私が興味をもっているタイリングや記号力学系関連をやりたい人はいないかな?流行でないと思っていたのですが、こういう毛色の変わった数学をやる人も、世界中捜せば結構多数いることが最近分かってきました。おそらく約20〜30名ぐらい。オリンピックで、時々非常に変わった種目があるでしょう?これならば、もしかしたら入賞できるかもという感じでしょうか。

3) 学生の指導が一人の教官によって行われるのは、学生にとって不健康だと私は考えています。大学院生の時期にもっとも大事なことの一つは同分野の他の教官や院生との交流、特に役立つのは他大学の教員、院生との交流でしょう。有名な Faltings がインタビューに答えて言った言葉:

一人の先生のみの弟子とは一体なにものでしょう?

4) 修士論文作成のためのアドバイスは当然ありますが、手取り足取りの指導などは間違っても期待しないで下さい。私は今まで、発表指導とか論文内容にほとんど口出しをしたことはありません。恥をかくのも、修士号を取れないのも全て本人の責任です。あなたの本当の力は、誰にも助けてもらえない状況でのみ発揮されます。